高野山真言宗 清瀧山 金剛宝戒寺

自主上映「うまれる」

平成28年5月8日(日曜日)
午後2時から4時頃まで
金剛寳戒寺本堂に於いて
自主上映「うまれる」
定員60名まで
無料にて放映致します。

 

お問合せ 金剛宝戒寺
097−544−3804
kongouhoukaiji@gmail.com★

 

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講習会参加者様の感想

5月8日、母の日だった。妻に誘われ金剛宝戒寺での自主映画「うまれる」を鑑賞した。
お寺までの道すがら、芽吹いた新緑が緑のシャワーを惜しみなく注いでくれた。本堂には30名ほどの方がすでに来られていた。

 

スクリーンに映像が流れ始めたら、全身全霊が、映像に、ナレーションに釘付けになり、1時間40分があっという間に終わった。
この間幾度となくこみ上げるものを禁じ得なかった。特にトリソミーの子の笑った顔、死産の遺児を抱いて泣く夫婦、出産した直後に我が子を抱いて泣きじゃくる夫婦の場面は、こみ上げるもので映像が朧になった。

 

映画が終了した時に、何かがストンと心に収まり納得感に満たされ清々しかった。この納得感は何だろうと考えた。
映画は、18トリソミーという重いハンディを持つ子を産み育てる夫婦、出産予定日に死産という悲しみを背負った夫婦、子供を持つことを諦めた夫婦、幼児期に親からの虐待経験を持ち、虐待の連鎖に慄きつつも出産し、健康な子を抱き喜ぶ夫婦のドキュメントを縦糸に、胎内記憶を根拠に、子供は親を選んでいるという考え、妊娠した時点で既に生まれているという考え、妊娠出産は父親も参加する協働の営みというメッセージを横糸にして、「うまれる」「家族」「命」「病」「死」「絆」「喜び」「悲しみ」等への問いかけが、大きなうねりの如く攻め込んできた映画だった。これらの問いかけを解きほぐす鍵は「生まれる」を愛おしむ心なのだと納得したのだ。

 

私は医師として日々「生きる」手伝いをさせて貰っている。最も大事にしている事は、患者さんが「生きていく」ことに喜びを感じていることだ。寂しいことは、老いた方が、「早く死にたい、ぽっくり」と呟くのを聞くことだ。そんな時、今までは「あなたはそれでいい、楽になるから。でも残された家族は『別れの言葉も言えなかった』『もっと看病したかった』と悲しみますよ」と話して励ましていた。

 

今日も「早く死にたい」と呟いた老い人がいた。「うまれる」の映画を見た私は、こう語りかけた。「そうなの、ちょっと考えてみて。あなたが、苦しみを耐えて産んだお子さんが『死にたい』と言ったらどうですか?」

 

老い人は「それは聞きたくない言葉ですね。悲しいです」と言われた。

 

私は「そうでしょう!あなたが今言った『死にたい』を草葉の陰で聞いているお母さんは、どうでしょうね」と話した。

 

老い人は「分かりました、もう少し生きてみましょう」とほほ笑んでいた。

 

「うまれる」の映画は、現代社会病理としての児童虐待・家族崩壊・自殺・中絶・少子化・孤老・ぽっくり死願望・地域崩壊などの問題を解きほぐす鍵を提起していた。人が生まれ、生きていて、生きてゆき、生きるを仕舞う、このことを輝かせるのは、「うまれる」を強く愛おしむ心であろう。

 

映画を鑑賞して帰る道の新緑は、何故か一層深みを増して見えた。

坪山明寛さま

 

義援金

当日は急遽、熊本・大分地震への義援金をお願い致しました。
心温まる浄財を18,100円頂きました。
この義援金は高野山真言宗の青年教師会を通して被災地へお届け致します。
ご協力ありがとうございました。
合掌
自主上映「うまれる」

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