高野山真言宗 清瀧山 金剛宝戒寺

令和2年5月1日発行 第74号

檀信徒の皆さまこんにちは。
5月と6月の講習会は
お休みにさせて頂きます。

4月のお便りでは
生老病死の悩みから
抜け出すために出家をした
お釈迦様がたどり着いた
悟りの状態が中道であると
書きました。

 

そして中道とは
二極の真ん中ではなく
「両極端なものの見方を離れた
バランスの取れた姿」である
と説明しました。

 

緊急事態宣言が発令され、
感染者が急増している現状を
どの様に考え受け取り
行動すべきかを先月に引き
続き書いてみます。

 

未だに打開策が
見いだせない中で
多くの人たちが閉塞感を
感じていると思います。

 

悩みとは心につきまとって
心を汚すもの。
正しい判断が出来ず、
心身が悩んでいる状態で、
仏教ではそれを煩悩と言います。

 

その煩悩を分解すると
「貪・瞋・癡」(とん・じん・ち)の
三毒に分けられます。

 

何よりも大切な自分の命に
執着(貪り)がおこることは
否定できませんが、

 

大切な命を脅かす
モノ、コトに対して
知らぬ間に怒りや険悪、
憎悪の感情が芽生えてきます。
これが瞋(じん)です。

 

この貪りや瞋りの原因は癡です。
癡(ち)とは真実に暗いこと、
無知で有ることです。

肺炎の恐ろしさ

私は毎年多くのお葬式をさせて頂き
肺炎の怖さを知っているつもりです。

 

高齢者や持病のある方は
最終的に肺炎で亡くなるケースが多いこと、
予防接種やタミフル、リレンザなどの
特効薬が有りながらも
インフルエンザで
年間1,000人以上の
死者が出ている事を踏まえ、
新型コロナウイルスを侮るのではなく、
何よりも大切な命と心に
焦点を当て現状を考えてみます。

情報のグローバル化と選択

さて、4月のお便りでは
人や物のグローバル化が
新型コロナウイルスの
感染を広げた事を書きました。

 

今月は先ず情報について
考えてみたいと思います。

 

ひと昔前までは
情報は一部の限られた
専門家しか知りうることが
出来ませんでした。

 

しかし今ではインターネットの
普及により多くの人々が
同時に等しく情報を
得やすい環境になりました。

 

人やモノ以上に情報の
グローバル化が進んでいます。

 

更にはスマートフォン
などが普及した結果、
常に情報をチェックしてしまう
情報難民
(インターネット上の情報を
無批判に受け入れてしまう)
になってしまっている事も
否定は出来ない部分があります。

 

常に最新の情報を仕入れたくなるのは
人間の持つ本能(知的好奇心)
なのではないかと思うほどです。

 

少し前、知らぬ間に潜在意識へ
刺激を与えるサブリミナル効果が
問題となりましたが、

 

今はどのチャンネルをつけても
インターネットに接続をしても
新型コロナウイルスを
目にしない事が不可能
というほどに浸食をしています。

 

自分で気をつけなければ
少しずつ塩分の多い食事に
なってしまう様に
知的好奇心に飢えている
現代人は刺激の強い情報に
目がいきやすくなり、
テレビ番組なども
視聴率を取るために、
それらを提供します。

 

その結果、情報はあふれているけれど
取捨選択が出来ずに
無知となっている気がするのです。

不安とは

ご存知のように、4月30日現在の
新型コロナウイルスの感染者は
約14,500人。死者は455人です。

 

参考までに昨年の新型インフルエンザの
推計受診者数は7,285,00人、
入院患者数は約13,000人。
死亡者数は3,000人以上、

 

また肺炎で亡くなっている人は
約96,000人です。

 

因みに減少傾向にあるものの
昨年の自殺者数は20000人以上です。
(発生件数等は全て厚生労働省の
ホームページを参照)

 

数字の評価は皆さんに
お任せをしますが、
不安とは漠然としたこと、
現実ではなく不確定な
将来への怖れであることが
多いことも知って下さい。

編集後記

私が今この様な事を書くと
不快に思う方もいるかもしれません。

 

しかしこれから先、
さらに感染者が増え
軽症の方が帰って来た時、

 

収束から復興へと向かっていく時に
過剰な恐怖と漠然とした不安が
足かせになってはいけないと思うのです。

 

私の見解が必ずしも
正解であるとは限りませんし、
他の意見を主張する方々を
否定するものでもありません。

 

二極を離れた中道を歩むためにも
私見を書かせて頂きました。

 

一人でも多くの方の
ご無事と心の平安。
そして一日でも早い終息を
お祈りいたします。
合掌

 

令和2年5月1日発行 第74号

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