高野山真言宗 清瀧山 金剛宝戒寺

平成29年5月1日発行 第38号

檀信徒の皆さま、こんにちは。例年よりも遅い桜の季節が終わりました。
桜ほど日本人に哀愁をもたらす花はないのではないでしょうか?
春は新たな出会いの季節ですが、桜は先だった故人との思い出も連れて来てくれます。
今年は桜が入学式まで見ることが出来て個人的には嬉しかったです。

可兒敦彦さんによる講習会

四月八日は午前10時より可兒敦彦さんによる「おおいた文化笑論」の講演が行われました。
テーマは「笑いと歌」ということで、豊富な話題と経験を独特の話術で紹介してくださいました。
時折まじえる大分弁は聴講者との距離を一気に縮めました。
講習会を始めて三年が過ぎましたが、これほど笑いを誘ってのお話はなかった様におもいます。
テーマにある「歌」などから「良き時代の日本」の懐かしい風景を彷彿させ、今の時代への警鐘とともにこれからの時代の生き方を示して下さった様に思います。
そして最後に「老いとは少な少なに生きること」若い人に綺麗に譲るところに日本人の美学があり、そこに「うつくしさ」がある。と仰っていたのが印象的でした。
決して難しいお話ではありませんでしたが「温故知新」とともに、仏教的思想が底辺にあるように私には感じました。

6月の講習会

お便りを書いている時点では五月の講習会が終わっていませんが、般若心経の講習会は二ヶ月にわたる予定です。
私にとっても再復習になっています。

六月八日(月木曜日)
午後二時より
金剛宝戒寺 本堂に於いて
演題「やさしい般若心経入門」

旧正御影供のお接待

四月十七日は旧暦の正御影供に当たり、金剛宝戒寺でもお菓子のお接待を行いました。
時折小雨の降る中、小学校のPTAと重なったために出足は悪かったものの沢山の子供さんにお菓子をお配りできました。
この旧正御影供とは真言宗を開かれた弘法大師空海さまが高野山の奥之院にご入定された日(旧三月二十一日)に行われる行事です。
高野山では新暦と旧暦の二回行われる程に大切にされている法要でもあります。
その旧正御影供の前日(お逮夜)には萬燈萬華会が行われます。
この萬燈萬華会の法要はお大師様が天長九年(八三二年)に高野山にて万の灯りと万のお花を全ての仏さまにお供えし、鎮護国家と人々の幸せを願い始められた法要です。
灯りはあらゆる悩み苦しみを取り除き、お花は仏さまの慈悲の心を表しています。
お大師様はこの萬燈萬華会の法要の中で「虚空尽き衆生尽き涅槃尽きなば我が願いも尽きん」と読まれています。意訳をすると「この大宇宙が尽きて一切の人々が輪廻から解脱して成仏し、寂静な煩悩の無い世界が無くならなければ私の願いが尽きることはない」と、とてつもなく大きな誓願を込められた願文です。この様な思いを持ってお大師様はご入定され、今も我々を見守って下さっています。
真言宗の檀信徒はお経の中で必ず大師宝号「南無大師遍照金剛」をお唱え致します。大いなる誓願を持ちご入定されたお大師様への感謝と帰依を表すご真言です。
お四国参りでは白い装束の背中に「南無大師遍照金剛」もしくは「同行二人」とかかれたおいづるを着て八十八カ所を巡ります。この白い装束は、いわゆる死に装束でもあります。八十八カ所の寺院を巡る道中に道に迷っても決して一人ではない、たとえ死に倒れる事があってもその傍らにはお大師様が居て下さるという意味です。
また大師宝号はお葬式でもお唱えをします。私はこの時に本当に有り難さを実感します。
死出の旅路には何か暗く孤独なイメージがありまが、真言宗のお檀家様はその道中にもお大師様が連れ添ってくださり行く道を照らしてくれている。その様に思うと不安もなくなります。

編集後記

わたくし自身が子育ての時期でもあり、子供の成長とともに、少しずつ自分の身体の変化などを感じる年頃になりました。
自らの「老い」を感じながら次世代への継承を考えさせる少し長めの菜種梅雨となりました。 

合掌

page top