高野山真言宗 清瀧山 金剛宝戒寺

平成29年7月1日発行 第40号

檀信徒の皆さま、こんにちは。
早いもので今月には子供たちは夏休みに入り、これからが夏本番ですが
既に夏至は過ぎており日照時間は短くなっています。
今が大変と思っても、そのピークは過ぎているかもしれません。
少し視点を変えると人生の見え方も違ってくるかもしれません。

やさしい般若心経入門

六月八日は「やさしい般若心経入門」と題して先月に引き続き私がお話をさせて頂きました。
六月六日に梅雨入りでしたが、当日は天気も良く、時折吹く風は清々しかったです。
般若心経では空の思想、空の視点に立つことにより真実が見え、彼岸に至る事が出来ると説かれています。

 

我々は常日頃より分別の中に生きています。
「自分のもの相手のもの、出来る事、出来ない事、正しい考え、間違った考え」
果たしてそれらは本当に正しいのでしょうか?

 

国と国、個人と個人においても、自分の領域と相手の領域を作ることにより真理的には苦しみが生じて来ます。
現代社会において自分と相手の境を作らないというのは難しい事ではありますが
少なくとも心の中ではその様に心がけることによって争いが減るのではないでしょうか。

仏道

仏教では自分の立場と相手の立場を入れ替えて考えるという修行があります。
これは簡単な様で難しいことです。
「相手の気持ちになって考える」のは自分の立場から「相手の気持ちになって考える」
のではなく相手の立場にたって「当人の気持ちを考える」という作業です。

 

これは大変な修行です。

菩薩とは

般若心経の中に「菩薩(覚りを求める人)は智慧の修行を行っているので心にこだわりがなく
こだわりがないから恐れがないのです」とあります。
よく職人ならではの「こだわり」をテレビなどで見ますが、さらにその領域を超越してくると「こだわり」が無くなり
いわゆる剣術などの「構えが無い域」にまで達するのだと思います。
「構えない」という行為は一見、素人からすると恐ろしい気もしますが
逆に「無碍自在」「変幻自在」の境地となるのでしょう。

 

また菩薩とは自分が如来に(仏に)成る境涯にありながらも
自分よりも他者の成仏を望み、願い、成し遂げようとする人たちを言います。

 

般若心経の最終場面において「ギャーテイ ギャーテイ ハーラギャテイ、、、」と続く呪文があります。
これはサンスクリット語で、その響きや深い意味合いを残すことから漢訳されていませんが
あえて訳すと「行こう 行こう 皆で往こう 皆で彼岸に至ろう」といった訳になります。

境をつくらない

我々は旅行に行く時にも「家族旅行」や「社員旅行」「修学旅行」
などと必ずどこかに「くくり」が有り「境」があります。

 

しかし般若心経の最終目的は一人も余すことなく「彼岸に至る」事です。
そこには「くくりや境」は有りません。

 

まさに「願わくはこの功徳を以てあまねく一切に及ぼし我らと衆生と皆共に仏道を成ぜん」です。

大乗仏教と空

今どきこの様な懐の広い考え方があるでしょうか?
「自分だけは」「自国だけは」との思想が今の主流な考えなのかもしれませんが
自他の境を作らず、これを理想ではなく本当の意識として持ちえた時が
「空の見解に至った時」であり私たちが普段、見えていると錯覚をしている妄想の世界から脱却して
「仏と成る」事だと私は思っています。

 

これが五月号にも書きましたお大師様の願い
「虚空尽き 衆生尽き 涅槃尽きなば 我が願いも尽きなん」です。
お大師様はその様な思いから五穀を断ち水を断って高野山の奥の院にご入定なされ
即身成仏として今も我々を見守って下さっています。

 

決して今の私がその境涯にあり皆様にお話をさせて頂いたとは言えませんが
暦が還る「還暦」のころまでには今以上に説得のある人間に成っていたいと願う今日この頃です。

大掃除のご案内

八月五日(土曜日)六時より
本堂の大掃除ならびに境内の草取り

お身体の悪い方などはご無理のないようにご参加ご協力をお願い致します。   

合掌

 

追伸
8月は盆月ですので月例の講習会はありません。

 

8月21日に「千巻心経」と供養盆踊り大会を行います。

page top