高野山真言宗 清瀧山 金剛宝戒寺

令和4年7月1日発行 第100号

檀信徒の皆さまこんにちは。
数年前、お檀家様から分けて頂いたアナベルが
今年は鈴なりに咲いています。

 

思いもよらない早めの梅雨明けに最近は頭を下げていますが、
切り花としても目を楽しませてくれています。

高野山 専修学院

約30年前に高野山の専修学院という修行道場で
私は僧侶としての第一歩を踏み出しました。

 

前年にはオウム真理教の地下鉄サリン事件があり
宗教に対する不信感が漠然とありました。

 

また阪神淡路大震災の翌年でもあったことから、
前年度に修行を終える予定だった高野山大学の卒業生が
一年間のボランティア活動で遅れて入って来たので
例年よりも多い八十人以上の修行者がいました。

 

高野山大学以外の一般の大学から入学した人も
少なくはありませんでしたが心細かったのを覚えています。

修業時代を振り返って

修行場ではテレビやラジオも無く、
新聞は見れるときでも一日遅れ、
肉や魚はもちろんニラ、ニンニクなども食べることが出来ない
完全な精進料理の毎日でした。

 

六畳一間に持ち込んで良いものはお布団と
衣類を入れるための三段ボックス、
みかん箱の様な机のみでした。
その部屋を二人で共有します。

 

三学期制になっており、その生活に慣れることが出来ず
約一割の院生が様々な理由で一学期のうちに辞めていきました。

高野山で教えられたこと

最初の修行できつかったのは
毎日の精進料理や早朝のお勤めではなく、
団体行動や二人一部屋での共同生活と、
冬場は寒さでした。

 

日曜日などのお休みは無く、
週に一回、買い出しのための時間が
一時間ほどありましたが
ストレスの発散になるようなものではありません。

 

全く娯楽の無い生活で閉鎖的になってくると
気になりだすのがお互いの行動です。

 

身だしなみや部屋の散らかり、
話し方やスリッパが揃えてあるかなど、
お互い未熟だっただけに、小さなことが気になり、
気になりだすと止めようがなくなります。

 

私は大学四年間が風呂トイレ共有の下宿生活だったので、
共同生活も苦にならず、

 

幸いなことに同部屋の同級生も
人間が出来ていたのでその点は大丈夫でした。

 

もう一つ気を付ける様に寮監先生から注意を受けたのが
時候について不平不満を言わない事でした。

 

高野山の夏場は涼しく比較的過ごしやすいのですが、
秋口から春先までの寒さはかなりのものです。

 

私の修業時代は富士山の初雪と
高野山の初雪が同じ日だったことを覚えています。

 

また、院生が寝泊まりをする寮は木造でなかったために
湿気がひどく、梅雨時期には廊下などで滑りこける人が居たほどで、
冬場にもストーブやこたつなどはありませんでしたが
除湿器は使うことが出来たほどでした。

 

寮監先生曰く私たちは大自然の中で生かされているのだから
四季の移り変わりに対処するのではなく
受け入れるように教えられました。

受け入れる大切さ

私たちの悩み苦しみとは現状を受け入れることが出来ないときに発生します。
お釈迦様はその事を「一切皆苦」と説かれました。

 

今にして思うと二人一部屋の班行動なども
規律を求めるというよりも、相手を受け入れる
という日常の大切な修行だったことに気がつきます。

 

例年よりも2週間以上早い梅雨明けに
皆さんは朝から「暑い、暑い」と愚痴を並べていませんか?

 

考えようによっては洗濯物が良く乾き、
汗をかき新陳代謝が良くなり、
晩酌のビールが美味しい季節でもあります。

 

そして何よりも3ヶ月もすれば涼しい季節が間違いなくやってきます。
「心ひとつの置き所」でひと時の涼風を感じることが出来ます。

 

我慢をするのではなく積極的に夏場を受け入れてみませんか?

編集後記

八月七日(日曜日)朝六時から
本堂の大掃除と境内の草取り

 

ご無理のないようにお願いいたします。

 

県内のコロナ感染者数も下火になってきていますが、
盆月の千巻心経は今年も中止と致します。

 

また例年8月の講習会はお休みとしておりますので
ご理解をお願い致します。

 

境内での供養盆踊りは自治会の方が
開催の方向で検討をしているみたいですので、
来月のお便りでお知らせをいたします。    
合掌

 

令和4年7月1日発行 第100号

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