高野山真言宗 清瀧山 金剛宝戒寺

令和5年1月1日発行 第106号

新年あけましておめでとうございます。
檀信徒の皆様と金剛宝戒寺にとって
飛躍の一年となりますことを元旦より祈念いたしました。

1300年記念事業の趣旨

昨年、これまで2回のお手紙と3回の説明ならびに質問会を行い、
当山千三百年記念事業の意義をお話しさせて頂きました。

 

今回の記念事業での趣旨を一言で表すと「三方良し」です。
通常、「三方」とは売り手良し、買い手良し、世間良し、を言いますが、

 

本記念事業では「三宝良し」を目指しています。
三宝とは「仏法僧」のことです。

 

仏とは仏様(ご本尊様)
法とは仏の教え、
僧とは仏法を信仰する僧侶や檀信徒様のことです。

 

法要会館を併設した庫裏を建立し、
ご本尊様が喜び、
法(教え)を広める場が整い。
寺族と檀信徒様に喜んで頂ける立派なお堂を建立することが目的です。

 

先月のお便りにも書きましたが、
約30年前には自宅での葬儀も少なくありませんでした。
今、私が提案しているのは当時、
自宅で行っていたお葬式をお寺で執り行うイメージです。

 

したがって、葬儀社が仕切る葬儀から、
喪主家主導型のお葬式が出来る環境を整えたいと思っています。

 

実は今回の提案は、手作りの結婚式にヒントを得ています。
必要と思うことにはひと手間かけ、そうでないものは省く。

 

例えば身内ばかりの家族葬に司会者は必要なのでしょうか?
必要であれば親族の中から進行役を出しても良いのではないかと私は思うのです。

 

プロのようになめらかな司会進行にはならないかもしれませんが、
気持ちのこもったご案内になると思います。

 

また、お棺を移動させるのも自分たちで行うことになるかもしれません。
優しかったお祖父ちゃんやお祖母ちゃんのお棺を持ち上げたときに、
こんなにも軽かったのか、あるいは重かったのかと、
身をもって知ることで、本当の命の重みや、
一族の継承が行われるのではないかと思うのです。

 

実際、私自身も父を送り出した時にその様に感じましたし、
担い手がいないお葬式の時には一緒にお棺を運ぶこともあります。

 

もちろん、このような葬儀を無理にお勧めするわけではありません。
現状のような葬儀を希望する方には、その様にしていただいたらと思います。

 

肝心なのは大切な故人様を送り出すときに喪主家の方々が
主となり、選択枠が増えることだと思っています。

令和5年2月の講習会

最近、終活のご相談を受けることが増えましたので
成年後見人ついてお話して頂きます。

日時 2月8日(水曜日)14時から
会場 金剛宝戒寺 本堂において
演題 「成年後見人に出来ること」
講師 社会福祉士 鹿嶋隆志さん

神様とAI

皆さんは年末にあったサッカーワールドカップを観ましたか?
私は日本対スペイン戦に「神」を見た気がしました。

 

それは日本代表の神がかり的な勝利ではなく、
あの三苫選手の切り返しの判定に「神」を感じました。

 

過去においては、あのような判定には多くのクレームが付き、
時によってはフーリガンと呼ばれる人たちによって
暴動が起こっても不思議ではなかったと思います。

 

しかし今大会から導入されたAIの判定に
(不服や反論があったとしても)一定の理解を示し、
試合が継続されたことに驚きました。

 

日本の神様は八百万の神で、
山にも海にも川にも神が存在するのに対し、
西洋の神はこの世の創造主であり絶対神で、
その点が大きな違いです。

 

そして死後においても判定(ジャッジ)を下し
天国や地獄行き決めると聞きます。

 

果たして西洋の神とは人間が創り出した存在なのか?
永遠に問われている疑問です。
時代は科学信奉者が増え、科学の下した判決は受け入れやすいようです。
きっとそこには、私情が挟まれないからでしょう。
それによって戦争が無くなるのであれば
歓迎したいところでもありますが、実際には難しいかもしれません。

 

興味心からサッカーグランドの広さを調べたら
国際大会でも縦、横ともに10メートル位の誤差が
認められていることを知りました。

 

その中で「三苫の1ミリ」を判定したのは
当に神がかりだと思いました。

 

令和5年1月1日発行 第106号

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