高野山真言宗 清瀧山 金剛宝戒寺

令和2年2月1日発行 第71号

檀信徒の皆さま、こんにちは。
暦の上では春になろうとしています。
この宝戒寺便りは早朝に
書くことが多いのですが、
やはり例年よりも暖かさを感じています。

尊照大和尚 33回忌

さて、1月23日には当山中興四十二世
尊照大和尚の三十三回忌を行いました。
尊照大和尚は私から見たら
祖父に当たります。

 

しかしながら私は僧侶としての
祖父を知りません。
もちろん衣を着ていた姿は
覚えているのですが、
それがリアルな姿として
認識をしているのか、
写真を通して記憶に
残っているのかは確かでありません。

 

祖父は五人兄弟の
末っ子の長男で、
大正二年の生まれですから、
きっと今では考えられないような
亭主関白だったかもしれません。

 

けれども私の覚えている祖父は
物静かで優しく、お酒が好きな人でした。

 

その頃わたしはまだ千葉に住んでおり、
冬休みなどに帰省をすると、
杉乃井ホテルへ温泉に
連れて行ってくれたのが
嬉しかった記憶として残っています。

 

私が月忌に伺い始めた頃は
檀家さんとの会話の中にも
祖父の話がよく出てきました。
大柄で鼻が高く、俳優の様な人だった聞かされました。

 

それは私のイメージの中での
祖父とは違っていたのですが、
今回、大楽寺の御住職様に
当時の写真を持って来て頂き、
見てみると確かに大作りな顔で、
一目で見て判る堂々とした姿でした。

 

その写真には当時の他のお寺の
ご住職さんも写っています。
ほとんどの方が名前も知らない人だったのですが、
現在の住職の顔を思い浮かべながら見ると、
何処のお寺の住職かが分かりました。

 

血の繋がりの強さに驚くと共に、
少しだけ誇らしい気持ちにもなりました。
33回忌の法事と言っても先師忌ですので、
お坊さんだけでも総勢14名なります。

 

親族の中に僧侶もいますので、
親戚は多くありませんが、
総代様にも参列を頂きました。

 

予報では一日中雨でしたが、
不思議な程に晴れ、
寒さも和らいだ中での法事となりました。

 

祖父が住職になったのが昭和12年です。
先代の住職が生まれたばかりで、
年齢もわずかに24才でした。

 

どこの家も今よりも貧しく、
当山の本堂も今の本堂を建てる前のお堂です。
学生時代は不自由なく仕送りをもらっていたそうですが、
住職としてお寺に戻った時には
本堂に座布団が一枚しかなかったとも聞いています。

 

戦前、戦中、戦後を乗り切り、
高度経済成長期の中、
今のお寺の礎を築いてくれました。
その様な意味では今の私などは先代、
先々代の住職の上にあぐらをかいて
座っている様なものです。

 

テレビも電話も無く、
月忌にも自転車で廻っていた時代です。
少し想像をしただけでも
時代の移り変わりに驚くばかりです。

 

お斎の最後には総代の徳丸さんから
ご挨拶を兼ねてお寺と檀信徒の絆の深さ、
実直さも聞かせて頂きました。
縁とは命の集積であり、
常日頃から目には見えにくい
様々なものに守られているという事に
改めて感じる事が出来る33回忌となりました。

3月の巡回布教

今年も巡回布教を行います。

日時 3月8日(日曜日)14時から
演題 「幸せになる為に」
講師 高野山 本山布教師
浄真寺 住職 野ア 公照 僧正様

野ア公照僧正は高野山大学
社会福祉学科卒業後、
高野山大師教会本部布教研修生を
経て平成12年に山口県下関の
真浄寺住職に就任されています。
年齢は私よりも一つ若いですが、
住職歴は私よりもずっと長いです。
檀家様に限らず、
ご家族お友達をお誘いの上お参り下さい。

編集後記

一月の講習会はおなじみの
矢野大和さんのお話でした。
生涯現役、常に勉強で教養と教育
(今日、用がある。今日行くところがある)が
大切であること。

 

元気だから出掛けるのではなく
出掛けているから元気でいる事ができる。
と笑いを交えながらお話しくださいました。
お寺がそんな場所でありたいと願っています。
今年も一年、笑顔が絶えない日常となりますように
お祈り申し上げます。  
合掌

 

令和2年2月1日発行 第71号

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